専門医資格は、若手医師の多くがキャリアを進めていく一環で取得を目指すものとして定着しています。診療領域に関する専門性の証明など、医師にとって有用な面がある一方で、中には専門医を「取得しない」あるいは「更新しない」という選択をする医師もいます。
その割合は決して多くありませんが、専門医を取得・更新しない医師たちはどのような理由でその道を選び、キャリアの中で何を感じているのでしょうか。
今回は、専門医を持たない選択をした医師、そして過去に取得していたものの維持しない選択をした医師が専門医とどのように向き合っているのか、アンケート調査の結果から探ります。(回答者の属性)。

目次
全体の1割強と少数派…医師が専門医を取らない・更新しない理由とは?
今回の調査では、専門医資格を「取得して現在も所持している」医師が78.1%を占める一方、「これまで所持したことはなく、今後も取得は考えていない」と回答した医師は10.4%で少数派となっています。
専門医を取得しない理由を尋ねたところ、「機会やタイミングが合わなかったため」(59.4%)が最も多く、次いで「必要性・メリットを感じないため」(54.8%)、「資格の取得や維持の労力・コストが大きいため」(47.5%)と続きました。
| 専門医を取得しない理由(複数回答) | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 機会やタイミングが合わなかったため | 129 | |
| 必要性・メリットを感じないため | 119 | |
| 資格の取得や維持の労力・コストが大きいため | 103 |
スキルアップや研鑽の意欲とは別のところで、ライフイベントや職場環境、費用対効果といった現実的な問題が、専門医取得の障壁となっている様子がうかがえます。
更新をやめたきっかけは「費用対効果」と「働き方の変化」
一度は取得したものの、維持・更新をやめた医師からは、より具体的な声が寄せられました。
-
- 専門医を持っていても給料が上がらない。維持するのに時間とお金がかかる (60代男性、一般内科)
- 特にメリットが無く、更新の手間暇、費用がバカらしくなり、その分診療に打ち込むべきだと考えた (70歳以上男性、一般外科)
- 申請の条件は満たしていたが、申請時に週3日同一勤務の条件を満たしていなかったから (60代男性、麻酔科)
- 開業し、単位更新が困難になり、無くても仕事が継続できると確信したため (50代男性、一般内科)
- 専門科を替えたため、更新に際して手術件数が不足した (50代男性、リハビリテーション)
- 子育てと、住まいが九州で、単位取得が困難で維持・更新できなかった (50代女性、一般内科)
金銭的・時間的なコストに見合うメリットを感じられないという意見に加え、開業や転科、ライフステージの変化(出産・育児)など、キャリアや働き方の転換点が更新中止のきっかけとなっているケースが多く見られました。
専門医を持たないデメリットは「特にない」が最多
専門医資格がないことで、キャリア上の不利益を感じることはあるのでしょうか。「専門医を所持しておらず、今後も取得を検討していない」医師に対し、キャリアにおいて感じるデメリットについて聞いたところ、「特にデメリットは感じない」と回答した医師が54.4%と半数以上を占めました。
| 専門医を取得していないことでキャリアの中でデメリットに感じること(複数回答) | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 特にデメリットは感じない | 118 | |
| 転職・就職において選択肢が限られる | 59 | |
| 給与や待遇でのデメリット | 45 | |
| 他の医師からの評判や信頼を得にくい | 35 | |
| 自身のスキル・知識の維持・向上が難しい | 25 | |
| 患者からの信頼を得にくい | 22 | |
| 医師以外のスタッフからの評判や信頼を得にくい | 10 | |
| 後輩医師の指導がしづらい | 8 |
デメリットを感じるとした回答の中では、「転職・就職において選択肢が限られる」(27.2%)、「給与や待遇でのデメリット」(20.7%)が比較的多くなっています。
自由回答でも「デメリットはない」という声が大半を占める中、一部で具体的な不便さを指摘する意見もありました。
-
- 転職や非常勤勤務の際に、専門性や経歴を示すものに乏しい (40代女性、一般内科)
- 非常勤バイト探しは不利 (60代男性、消化器外科)
- 実害は感じておりませんが、病院のHPの医師紹介欄の記載がショボいこと。ただし、前医では専門医加算で給料が上がるシステムがありました (50代男性、リハビリテーション)
- 専門医必須の病院には勤務できなくなった (50代男性、麻酔科)
専門医の有無が直接的に日々の診療に影響することは少ないものの、転職市場や医療機関のプロモーションといった部分で価値が問われることがあるようです。
【自由回答】「専門医なし」のキャリアを進む医師が思う専門医の価値とは?
専門医を取得しないキャリアについて、当事者の医師たちはどのように考えているのでしょうか。「専門医資格を過去に取得したが現在は所持していない」、「所持したことはなく、今後も取得は考えていない」医師から寄せられた自由回答を紹介します。
その受け止め方は、医師の働く環境や価値観によって大きく異なっているようです。
専門医資格よりも実力・経験を重視
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- 長年、基礎医学の分野で仕事をしてきましたが、リタイアに伴って臨床業務に従事するようになりました。外来診療のみで、救急や重症例の担当もありませんので、専門医の資格が必要と感じることはありません。診療ガイドライン等を一通り頭に入れておけば、問題無く対応できています (60代男性、呼吸器内科)
- 結局のところ、医療を真摯に行い、ポリシーを持ち対応していれば、医師を始めとした医療従事者や患者さんには認められるため、現在も必要とは思えない。実力がない人が必要とするものと思える (50代男性、一般内科)
- 専門医取得していません。今は一般内科として、外来と訪問診療を行なってますが、必要な勉強は自力でも出来ます。専門医を取得していれば自分の自信と、周囲の信頼は増すのかなとは思います (40代女性、一般内科)
診療科などによる専門医資格の必要性の差
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- 出世や専門医しかできない治療に興味がなければ必要ない。日本医師会認定産業医の方がよっぽど役に立っていると思う (40代男性、一般内科)
- 精神科の勤務医としてクリニックで働いていくことを考えれば、専門医を持たないことは当面は何のデメリットも感じない。取得や維持にかかるコストを考えれば、持たない方が良い (40代男性、精神科)
- 産業医や他の資格を活かしているので特に問題ない (40代男性、精神科)
資格の取得・維持制度への不満や経済的負担
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- 専門医を取得しないキャリアを選ばざるを得なかったが、環境によっては簡単に取得できた時代もあり、不公平感を感じざるを得ない。またこれからも制度がどんどん変更になることは容易に想像がつくので、これから取得できる保証もなく、取得に向けた勤務にしようとは思わない (40代女性、健診・人間ドック)
- パワハラや嫌がらせの温床になっているが、取得したうえでのメリットに乏しい。維持にも費用がかかる (30代男性、放射線科)
- 専門医はありませんが私は転職には困らなかったです。更新の費用含め維持費が高い (40代女性、整形外科)
専門医未取得によるキャリア・収入への懸念
-
- 今後、専門医なしでも食べていけるのかは微妙と感じる (30代男性、健診・人間ドック)
- これからの先生は専門医資格がないとキャリア形成や収入に影響が出てくると思われます。保険診療では専門医のみに許される治療や加算が増えてくると思われ、医療機関側からの求人も専門医資格のある人間を優先していくと予想します。誰でもできる仕事は働き方改革の流れで簡略化・集約化が行われ今ほど人手を必要としなくなると予想されます。自由診療分野も直美問題のように専門分野をある程度修めてからの移行が推奨されるようになると考えられます (50代男性、呼吸器内科)
- やりたい仕事次第であるがこれからは取った方が楽 (40代男性、リハビリテーション)
- 専門医なしで大学病院臨床科の教授になれるのか疑問に思っている (20代女性、一般内科)
専門医がなくても自身のスキルや経験で勝負できるという自信を持つ医師がいる一方で、今後の医療制度の変化を見据え、資格の重要性を指摘する意見や、取得機会の不公平さを嘆く声など、様々な視点が示されました。
まとめ
今回の調査から、専門医を持たない選択をしている医師は全体の1割強と少数派であることが分かりました。一方で、その半数以上が「特にデメリットはない」と感じている実態も明らかになっています。多くの医師がデメリットを感じず、自身の選択に納得していることがうかがえます。
しかし、「機会を逸した」「育児との両立が困難」といった理由で、本人の意図とは別に専門医取得の道を断念せざるを得なかった医師も一定数存在します。
専門医資格は、スキル向上・維持や信頼の獲得、転職時の選択肢を広げることなどにおいて一定の役割を担っていますが、その価値は診療科や医師個人の働き方によって大きく異なるのも事実です。
これからキャリアを考える医師は、専門医制度のメリット・デメリットを多角的に理解した上で、自身のライフプランや目指す医師像に応じて、資格取得や更新の是非を主体的に判断していくことが重要と言えるでしょう。
【参考】回答者の属性
調査概要
| 調査内容 | 専門医の取得状況とキャリアへの影響に関する医師アンケート |
|---|---|
| 調査対象者 | 株式会社メディウェルに登録している医師会員 |
| 調査時期 | 2025年4月20~29日 |
| 有効回答数 | 2,090件 |
年齢
| 年齢 | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 29歳以下 | 68 |
3.3% |
| 30代 | 622 |
29.8% |
| 40代 | 634 |
30.3% |
| 50代 | 421 |
20.1% |
| 60代 | 281 |
13.4% |
| 70歳以上 | 64 |
3.1% |
性別
| 性別 | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 男性 | 1,463 | |
| 女性 | 627 |
診療科
| 現在の主たる診療科 | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 一般内科 | 213 | |
| 総合診療科 | 40 | |
| 消化器内科 | 118 | |
| 呼吸器内科 | 54 | |
| 循環器内科 | 85 | |
| 腎臓内科 | 29 | |
| 神経内科 | 48 | |
| 内分泌・糖尿病・代謝内科 | 53 | |
| 血液内科 | 26 | |
| 老年内科 | 23 | |
| 人工透析科 | 10 | |
| リウマチ科 | 16 | |
| 一般外科 | 49 | |
| 消化器外科 | 79 | |
| 呼吸器外科 | 14 | |
| 心臓血管外科 | 15 | |
| 脳神経外科 | 40 | |
| 乳腺外科 | 14 | |
| 泌尿器科 | 50 | |
| 整形外科 | 124 | |
| 形成外科 | 44 |
| 現在の主たる診療科 | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 美容外科 | 5 | |
| 小児外科 | 4 | |
| 眼科 | 62 | |
| 皮膚科 | 65 | |
| 耳鼻咽喉科 | 52 | |
| 精神科 | 174 | |
| 心療内科 | 5 | |
| 放射線科 | 54 | |
| 小児科 | 72 | |
| 産婦人科 | 79 | |
| 婦人科 | 19 | |
| 麻酔科 | 104 | |
| 救命救急 | 49 | |
| ペインクリニック | 6 | |
| 緩和ケア | 13 | |
| 美容 | 20 | |
| 病理診断科 | 17 | |
| 在宅診療 | 17 | |
| 健診・人間ドック | 40 | |
| リハビリテーション | 30 | |
| 上記以外 | 64 |
地域
| 地域区分 | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 北海道・東北 | 176 | |
| 関東 | 899 | |
| 中部 | 273 | |
| 近畿 | 407 | |
| 中国・四国 | 123 | |
| 九州・沖縄 | 208 | |
| 不明・海外 | 4 |
主たる勤務先
| 現在の主たる勤務先 | 回答数 | 割合 |
|---|---|---|
| 病院(大学病院以外) | 1,110 | |
| 大学病院 | 241 | |
| クリニック(勤務医) | 468 | |
| クリニック(開業医) | 112 | |
| 一般企業 | 68 | |
| 介護施設 | 15 | |
| 休職中 | 39 | |
| その他 | 37 |
