医師の仕事は「滅私奉公」的な側面が未だに強いと言われることがあります。確かに医師の働き方改革の議論では、医師の長時間労働に支えられている医療の状況などを鑑みて、一般の職業とは異なる基準で時間外労働の上限が設けられる見通しになっています[1]。
一方で、医師の転職理由の調査では1番に「家庭・生活事情」が入るなど、最近では家庭やプライベートを大切にする医師も増えてきているようにも思われます。
実際のところ、医師は自身のキャリアの中で、どのようなことを大切にしているのでしょうか?2021年2月~3月にかけて調査した1,740名の医師へのアンケート結果をもとに医師のキャリア観について見ていきます(回答者の属性)。

目次
キャリアに関する7項目のうち医師が重視していることは?
医師がキャリア上重視していることについて、「やりがい・患者や社会への貢献」「自身の成長」「家庭・プライベートの充実」「収入・将来の安定」「自身の健康」「社会的名誉・地位」「探求心・知的好奇心」の7項目を1~5(大きいほど重要)の5段階で回答してもらったところ、全体の平均は下図のようになりました。
最も点数が高かったのは「収入・将来の安定」と「家庭・プライベートの充実」で4.1点、逆に最も低かったのは「社会的名誉・地位」で2.6点という結果でした。
医師においても、収入や家庭・プライベートなど「私」の部分は大多数が重要視しているといえます。
男女別
医師の7項目での重要度について、男女別に見ると下図のようになっていました。
大きな傾向は男女ともにあまり変わりませんが、「社会的名誉・地位」では男性医師が、「家庭・プライベートの充実」では女性医師がやや重要度の高い点数をつけている結果となっています。
年代別
さらに、年代別での結果は以下のようになっています。
「収入・将来の安定」と「家庭・プライベートの充実」は20代・30代と40代・50代の間ではあまり変わりませんが、60代以上では重要度がやや下がる傾向となっています。
一方で、「やりがい・患者や社会への貢献」と「探求心・知的好奇心」については年代が上がるほど重要度が高くなる傾向になっています。
性別・年代別・診療科別での掛け合わせ
上記の性別・年代別に加えて、診療科別でも何を重視するかの傾向は変わってくることが予想されます。ただし、これらを全て見ていくと掛け合わせが膨大になってしまうため、以下に絞り込み検索ができるレポートを作成しました。
右上部のフィルタか気になる年代・性別・診療科別で検索をすることができますので、自身のキャリアの参考として是非ご活用ください(うまく検索できない方はこちらのページをご活用ください)。
医師のキャリア観における公私の関係は?
上記のように見ていくと、暗黙のうちに「収入・将来の安定」や「家庭・プライベートの充実」といった「私」の部分と、「やりがい・患者や社会への貢献」といった「公」の部分を対立軸で捉えてしまいそうです。
もし本当に医師のキャリアにおいて「私」と「公」が二律背反のような関係にあるのであれば、「私」を重視している人ほど「公」を重視していないといった負の相関関係が出てくるものと考えられます。
そこで、先に挙げた医師のキャリアにおける7つの項目それぞれについて簡易的に相関を調べました。結果は下表のようになっています。
「やりがい・患者や社会への貢献」と「自身の成長」の相関係数が最も高く0.70で、両者は「探求心・知的好奇心」とも正の相関関係が見られます。また、「探求心・知的好奇心」は「社会的名誉・地位」とも正の相関がある結果となっています。そのため、これら4項目は大まかに1つのグループになっているとみなせそうです。これを「公」のグループとします。
一方で、「家庭・プライベートの充実」と「収入・将来の安定」、「自身の健康」の3項目は互いに正の相関関係にあり、これらは「私」のグループとして分けられそうです。
そして、「公」と「私」それぞれのグループ間の各項目で比べると、ほとんど相関が見られない状況となっています。これはつまり、「私」を重視している人ほど「公」を重視していないという負の相関関係は成り立っていないという状況だといえます。
以上を踏まえると、滅私奉公か滅公奉私かといった発想だと医師のキャリア観は適切に捉えることができず、「公も私も大切にしたい」という考え方も含めて様々な医師のキャリア観があると認識した方がよいと考えられます。
医師のキャリアにおいて7項目の他に重視していること(自由回答)
上記の7項目の他に自身のキャリア観の中で重視していることについて医師への自由回答を募ったところ、以下のような回答がありました(一部紹介)。
将来の働き方の選択肢が広がるかどうか (20代男性、形成外科)
最先端の医療に従事すること (40代男性、消化器内科)
学術的貢献 (40代男性、その他診療科)
自分から医師という肩書を取ったら何が残るのか (40代男性、精神科)
他人に指図されない (50代男性、一般内科)
コメディカルとの良好な関係 (40代女性、消化器内科)
後輩の指導 (60代男性、一般内科)
面白い人生 (30代男性、ペインクリニック)
人的環境、自分に向いていること (30代女性、健診・人間ドック)
体が動くうちは働くことを止めないこと。 (50代女性、婦人科)
医師のキャリアにおいて目指したい理想像(自由回答)
医師に、自身のキャリアにおいて目指したい理想像について質問したところ、以下のような自由回答がありました(一部紹介)。
臨床に造詣の深い基礎研究者 (40代男性、血液内科)
講師、准教授、教授と昇進していく。 (40代男性、麻酔科)
開業医だが、常にアップデートしている医師 (30代男性、救命救急)
勤務先にとってのVIPを目指している。「辞められたら困る」と思わせたい。 (40代男性、泌尿器科)
毎日好きな内視鏡をして悩みがなく生きる (40代男性、消化器内科)
自身の健康を損なわないで長く働ければ文句なし (50代女性、健診・人間ドック)
健康を維持できれば、できるだけ長く働きたい。日野原先生が理想です。 (60代男性、小児科)
利潤利益を追求しない、真実の医療の実践 (60代男性、整形外科)
全身管理もできる美容外科医 (20代男性、形成外科)
手術もある程度でき、将来市中病院の部長クラスになれる技術をもつ (20代女性、耳鼻咽喉科)
自身のキャリアやスキルを求められる職場での安定就労 (40代女性、一般内科)
大学病院を離れ、科の専門的な医療からは遠ざかったが、町のクリニックとして色々相談に乗れる一般医を続けていきたい。また、それとともに、医師である事の強みを生かして医療+αの仕事ができれば。 (40代男性、一般内科)
クリニック勤務でも最新治療の情報は学び続ける (40代女性、婦人科)
配当金など副収入が十分に確保できている状態で経済的自由があること。 (30代男性、泌尿器科)
自己の診療科だけでなく、関連した他科疾患まで診療できるジェネラリスト。 (40代男性、皮膚科)
社会的に医師の需給などが議論されるときは、単純に「どこに常勤換算何人で配置」といった話に還元されがちです。
しかし、これまで見てきたように医師それぞれが描いているキャリア像や価値観は様々です。そのため、単純な押し付けではなく、医師が自身の理想とするキャリアを追求できるような環境や選択肢が確保されることも必要なのではないでしょうか。
【参考】回答者の属性
調査概要
調査内容 | 医師のキャリア観に関するアンケート調査 |
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調査対象者 | 株式会社メディウェルに登録している医師会員 |
調査時期 | 2021年2月15日~2021年3月12日 |
有効回答数 | 1,740件 |
調査公開日 | 2021年4月2日 |
年齢
性別
診療科
地域
主たる勤務先
<注>
- [1] 「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」(2019年3月28日)参照。2021年2月には、これに関連して医師の健康確保義務を盛り込んだ医療法改正案が閣議決定されている(参考:産経ニュース、2021年2月2日記事)。