医師不足地域になぜ医師は集まらないのか?―転職データとアンケートから読み解く、医師の偏在の背景と対処法―

医師不足地域になぜ医師は集まらないのか?

 
医師不足の問題が声高に叫ばれるようになり10年ほど経ちます。現在は一時期ほど「医師不足」という言葉は聞かなくなりましたが(下図参照)、それはその問題が解決されたことを意味しているわけではありません。実際に総務省の平成27年の調査※1でも、二次医療圏別の医師の地域偏在はむしろ拡大していることが指摘されています。


「医師不足」検索数推移

医師不足は、①医師の絶対数の不足、②特定の診療科の医師の不足(診療科別の医師の偏在)、③特定の地域での医師の不足(地域別の医師の偏在)の3つの問題に切り分けられます。このうち、今回は主に③地域別の医師の偏在について取り上げます。

特に考えたいのは、「医師の転職は地域の医師の偏在問題に対して、どのような影響をもたらしているのか?」という問題です。これに関して、以下現状を整理しつつ検討していきます。

医師の地域偏在が顕在化した背景

医師の地域偏在はどのようにして顕在化したのでしょうか。これには2004年の新医師臨床研修制度が背景にあると厚生労働省の検討会で指摘されています。

臨床研修制度の導入以降、大学病院において臨床研修を受ける医師が大幅に減少し、また、専門の診療科を決定することが遅れたことも影響して、大学病院の若手医師が実質的に不足する状況となった。このため、大学病院が担ってきた地域の医療機関への医師派遣機能が低下し、地域における医師不足問題が顕在化・加速するきっかけとなった。

 

少し補足すると、2004年からの新医師臨床研修制度ではマッチング制度が導入され、研修医が自分の希望の研修先を全国の研修病院から選べるようになりました。これまで卒業後は大学病院の医局に所属し研修することが一般的だったのですが、2004年にマッチング制度が導入されて以降、大学病院以外の研修先を選択する医師が急増しました※2

その結果、大学病院内の若手医師は減少し、その分を埋めようと今まで大学医局が地方に派遣していた医師を大学病院へ戻す動き(引き上げ)が起こったために、地方での医師の不足が顕在化したといえます。

これは一見すると、医師が勤務先を自由に選べることが地方での医師不足を助長しているようにも見受けられます。厚生労働省の医療従事者の需給に関する検討会でもその認識があるためか、医師の偏在問題に関し、医師の地域・診療科選択や開業の制限などの規制を含めた対策案も出てきています※3

紹介会社を利用して転職した医師の都道府県別の状況

医師が勤務先を自由に選ぶことは本当に地方での医師不足にとってマイナスなのでしょうか?これを確かめるため、メディウェルの医師転職支援サービスを利用して転職した医師について、転職前の都道府県と転職後の都道府県について比較し検証しました。その結果が下図になります。


医師の転職前と転職後の都道府県の比較

 

この図を見ると、厚生労働省の算出する人口10万人対医師数※4医師が最も少ない3県(埼玉県、茨城県、千葉県)で医師数が増加していることがわかります。一方で、医師の最も多い3都府県(京都府・東京都・徳島県)で医師数は減少傾向にあります。

このため、少なくとも都道府県単位で見ると、メディウェルの転職支援サービスを利用した医師の転職によって、医師の地域別の偏在はむしろ緩和している傾向にあると考えられます。

地方勤務に対する医師の認識

なぜ医師の転職によって医師の偏在が緩和する方向に動くのでしょうか。この背景について、地方勤務に対する医師の認識という観点から検証してみましょう。

厚生労働省の医師・看護師等の働き方ビジョン検討会の調査資料※5を参照すると、医師の44%は地方で勤務する意思があるという結果となっています。特に20代の勤務医では60%、30代では52%と、若手医師の半数以上が地方勤務の意思があると回答しています。

また、研修医に対するアンケートでも、医師不足地域で従事することに関して、58.4%が「条件が合えば従事したい」と回答しています。


医師不足地域で従事することへの考え方

 

これらのことを考えると、医師は決して地方への勤務を忌避しているのではなく、一定の条件を満たしていれば、多くの医師が地方の医師不足地域でも勤務する意思があるといえます。

なぜ医師の偏在はなくならないのか?―医師の地方勤務を妨げている要因

それでは、地方勤務しても良いという医師が一定数いる中で、医師の地域偏在がなくならないのは何が要因となっているのでしょうか?前掲の医師・看護師等の働き方ビジョン検討会の調査資料※6より、医師が地方勤務をしない理由を年代別に挙げてみます。

まず20代では、労働環境に不安がある、希望する内容の仕事ができない、医局人事により選択できない、専門医の取得に不安があるということが理由の上位に挙がっています。

続いて30代および40代では、子供の教育環境が整っていない、希望する内容の仕事ができない、労働環境に不安がある、家族の理解が得られないことが上位の理由となっています。専門医取得などスキルアップを気にする20代と比べると、子供や家庭といった生活環境が理由として増えている傾向にあります。

最後に、50代以上では、そもそも都市部で開業している、希望する内容の仕事ができない、労働環境に不安がある、家族の理解が得られないことが上位の理由となっており、子供の教育が理由となる場合は少なくなります。

上記を合わせると、労働環境に不安があることと希望する内容の仕事ができないことが全年代を通じて共通して多い理由になっているといえます。また、スキルアップ、家庭や子供の教育環境も地方への勤務を検討する上での重要な要因となっています。

労働環境への不安としては具体的にどんなことが挙げられるでしょうか。日本病院会の調査※7によると、医師の当直に対して都市部と地方で以下のような違いがあるという結果が出ています。

・ 医師1人1ヶ月あたりの宿直・日直回数が5回以上の割合は、指定都市・中核市で6.3%であるのに対し、群部・町村で22.5%となっている。

・ 1人当直の割合は、指定都市・中核市で34.8%に対し、郡部・町村で80.0%となっている。

・ 宿直翌日も通常通りの勤務の割合は、指定都市・中核市で52.8%に対し、郡部・町村で79.5%となっている。

ここから考えられるのは、地方では医師1人への負担が大きく、交代要員も不足しているために十分な休みが取れない可能性が高くなるということです。

医師不足地域になかなか医師が集まらない背景には、このような過剰な勤務負担に対する懸念が大きいと考えられます。

地方の医師不足を管理的な方法で解決しようとすることの問題点

このような背景から医師の偏在がなかなか解消されない中、四病院団体協議会は、強力な偏在対策を行なうべきという意見を出しています※8。その対策としては、地域・診療科別の保険医定数制、開業規制、臓器別専門医の抑制など、就労の自由を制限する対策が含まれます。

しかし、就労制限による医師の偏在対策には大きく2つの問題があります。

 
①医師の就業の自由に抵触する可能性

②労働環境が改善されないまま放置され、医師に一方的に負担を強いる可能性
 

特に2つ目の医師への負担は軽視できない問題であり、場合によっては過労によって医師の心身に異常をきたし、最悪の場合自殺や過労死に至ることもあります。

最近でも女性の後期研修医が過労自殺した問題がニュースになりました※9が、このような悲劇を今後出さないようにしていくためにも、就労の自由を制限する方法ではなく、地方勤務に付随する問題を改善していくことによって、医師が自ら地方に勤務しやすい環境を整えていくことが重要だといえます。

医師が地方勤務しやすい環境を整えるための医療機関としての取り組みとは?

医師が地方でも勤務しやすい環境を整えるために、医療機関としてはどのような取り組みをしていくと良いのでしょうか。「医師が不足している中で環境整備は難しい」という意見もありますが、それでも一定の対策を通じて、「医師の勤務環境の改善に本気で取り組んでいる」という姿勢を示していくことが重要であると考えられます。

一例として、日本医師会の勤務医の健康支援に関する検討委員会で、改善アクションとしている15の改善項目と、医療機関でのその実施状況を示すと下表のようになっています。


勤務医負担軽減のための15項目のアクションとその実施状況

 

これらの改善項目の実施率は全国的にも未だ高くないため、これらの改善項目を実施していくだけでも効果は高いと考えられます。

また、改善したことを実際の採用に結びつけるためには、実施している事実やその成果を医師へ伝える手段も必要です。例えば、SNSやホームページ上に情報を掲載する、医師紹介会社に情報提供する、などの取り組みを通じて勤務環境が改善していることをアピールすることで、医師の労働環境への不安を少しでも取り除いていくことが重要です。

「赤ひげ先生」に頼らなくてもよい、持続的な医療のために

日本医師会では、地域医療に貢献している医師に対して「赤ひげ大賞」の顕彰を行なっています。これまでに赤ひげ大賞に受賞した先生方は地域医療に尽力されており、頭が下がるばかりですが、果たして今後の地域医療全体を考えたとき、赤ひげ先生に頼らざるを得ない状況のままで良いのかという疑問も浮かんできます。

産婦人科医の網野幸子先生は以前、ツイッター上で以下のようなエピソードを紹介していました。

 

 

このような事態は現状の体制を続けている限り常に起こり得ます。渋谷健司先生がハフィントンポスト上で最近指摘された※10ように、現代の医療は自己犠牲の上に成り立っている側面があり、このままの体制を続ければ今後も多くの医師が疲弊していくことが予想されます。

今後は、赤ひげ先生に頼らなくても持続的な医療を提供できるように、仕組みや環境を整えていくことが地域医療に必要になってきているのではないでしょうか。

 
参考資料