
厚生労働省で行われている医師の働き方改革検討会では、地域医療に従事する医師について、残業時間の上限を緩和する案が提案されています[1]。この案では勤務終了から次の勤務までの間に一定の時間を設ける「勤務間インターバル」の義務化と引き換えに、過労死水準とされる月80時間以上の残業時間が認められることになります。
※残業時間は最大で年720時間を上限とするという罰則付きの規制が2019年4月から始まりますが、医師の場合は特殊として厚生労働省で議論が進められ、2019年3月までに今後の枠組みを固めることとなっています(日本経済新聞、2018年8月26日記事)。
過労死水準以上の残業時間が認められることについて、検討会の議論では、
・現状としては長時間労働の医師によって医療システムが成り立っており、一般労働者と同じ規制を当てはめると崩れてしまう。経過措置はやむなしと考えざるを得ない。
・地方の医療機関において医師一人でやっているような診療科で、連続勤務制限等を行うと成り立たなくなる。地域の医療資源の協力やケアする仕組みが必要。
と、「医師が不足している地域では、時間外労働で過労死水準上限を守ることは医療システムを維持する上で現実的でない」という判断があるようです。
しかし、このような「医師不足地域の医師の負担を重くする」施策は、医師不足への解決策として妥当なのでしょうか?
実は6割以上の若手医師は医師不足地域で勤務する意向あり
そもそも、地方での医師不足が続く背景には何があるのでしょうか?まず、若手医師が医師不足の地域で勤務することをどう思っているのかについて見てみましょう。
「平成29年臨床研修修者アンケート調査結果概要」では、臨床研修終了予定の研修医6,442名のうち、11.5%が医師不足地域へ「積極的に従事したい」、53.9%は「条件が合えば従事したい」と回答しています(54ページ、下図)。つまり、若手医師の6割以上は条件次第で医師不足地域で従事する意思はあるということです。
医師不足地域へ従事するために必要な条件としては、特に下記の項目の回答が多くなっています(同、55~58ページ)。
臨床研修医が医師不足地域へ従事する上で必要な条件(上位10項目)
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- 他病院とのネットワーク・連携がある(81.7%)
- 配偶者の同意がある(81.2%)
- 居住環境が整備されている(80.0%)
- 子どもの教育環境が整備されている(77.4%)
- 自分と交代できる医師がいる(77.2%)
- 診療に関して相談できる上級医や他科の医師がいる(77.2%)
- 給与が良い(76.6%)
- 地域医療に従事後、希望の職場に勤務できる(74.5%)
- 一定の期間に限定されている(73.6%)
- 臨床能力を高めるための充実したプログラムがある(67.4%)
このうち、「他病院とのネットワーク・連携がある」、「自分と交代できる医師がいる」というのは、「自分一人で全て診なければならないのではないか」という不安の裏返しと捉えることもできます。
診療時間外や休日でも常に対応を迫られ、代わりもなく、他院に任せることもできず、いつまでも休めないまま疲弊していく…。
もしかしたら、このような懸念が医師には強いのかもしれません。
全年代の医師に共通する、地方勤務に対する「労働環境への不安」
もう一つ、厚生労働省が平成29年4月に公表した「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」を参照すると、地方に勤務することへの医師の不安がよりはっきりします。
「地方勤務する意思がない」理由について、「労働環境への不安」が全年代の医師で多くなっています(下図)。
このような医師の労働環境への不安を踏まえると、そのような不安を増大させるような対応をすれば、医師が地方への勤務をより敬遠するようになることが考えられます。
医師不足地域での負のスパイラル構造
現在案として検討されている地方での医師の残業時間制限の緩和は、「医師が不足している地方では、残業時間を制限していては医療を十分に提供することができない」という考え方に基づくものと考えられます。
しかし、上記で触れた医師の地方勤務に対する意識を踏まえると、医師一人にのしかかる負担を「仕方ない」ものとして制度設計をした場合、医師が地方に勤務する不安がより大きくなってしまい、医師不足地域での医師がますます減ってしまう可能性もあるといえます。
その場合、以下の図のような状況になってしまうことが考えられます。
地方で医師が不足していることによって、医師の一人当たりの負担が増え、その負担から医師の離職・地方勤務の敬遠が発生し、更に医師が不足してしまうという負のスパイラル構造です。
この負のスパイラルは既に生じている可能性もありますが、医師不足地域での勤務時間の上限で医師が比較的多い地域と差をつければ、それに拍車をかけてしまう懸念も生じます。
負のスパイラルを止めるのに必要なこととは?
それでは、この負のスパイラルを止めるにはどうすれば良いのでしょうか?
先述の通り、若手医師の6割以上は条件さえ整えば医師不足地域で勤務する意思があります。
だとすれば、医師が不足する地域での対策は、その地域に残った医師一人当たりの負担を増やすことではなく、医師が勤務しやすい条件を整えることであるといえます。例えば、以下のような施策が考えられます。
①交代制を前提とした採用条件
臨床研修医の77.2%は医師不足地域に勤務する条件として「交代する医師がいる」ことを挙げています。これには、「自分と交代できる医師がおらず24時間365日まともに休めないのではないか?」という不安があると考えられます。関連する医師のツイートでは、以下のようなものがありました。
勤務医に交代制勤務を導入すれば、夜勤明けの医師は平日でも日中不在になります。そのためには複数主治医制も必須。懇談会では、病状説明の時間帯の話等を拡大して、現状が異常で、一人の主治医に24時間対応を求めることに無理があることを一般に周知して頂くことを希望します。
— 田舎の元外科医 (@inakashoge) 2018年10月7日
緊急対応は必要だけど、人員の集約化とチーム制またはオンコール制を徹底すれば、みんなで毎日過労する必要はないと思う。
365日主治医たれ、というのは今の高度医療じゃ無理だし危ない。— ちゃっきー&だみあん0y (@Chucky_c_666) 2018年12月12日
このような状況を踏まえると、対策として、「医師複数名を同時に募集し、交代できる体制が整うまでは採用としない、もしくは勤務時間厳守での限定的な勤務とする」といったことが考えられます。実際に医師転職ドットコムに寄せられている求人では、チーム単位で募集している例も少ないながらあります。
※交代制や複数主治医制に関しては、現場に立つ医師でもそのデメリットの面が気になって導入に至れないという場合もあるかと思います。これに関しては、総合外科医Dr.T先生が複数主治医制を実践した上でのメリット・デメリットについてまとめていますのでそちらも参考になるかと存じます。
②オンラインにより医師間が相談できる仕組みの構築
交代医師と同じく、臨床研修医が地方勤務するための条件として上位に挙げているのが「診療に関して相談できる上級医や他科の医師がいる」ということです。これは裏を返せば、「周りに相談できる医師もいない中で診療しなければいけないのではないか?」という不安が大きいということになります。こちらに関する医師のツイートについても2つほどご紹介します。
放射線の読影、腫瘍内科、緩和ケア医、救急専門医、脳外科医への相談、、、医者が少ない地域では、DtoDのオンラインコンサルテーションはかなりニーズがあるような気がするが、、、
僻地へ医師を送るより、遠隔診療のシステムを導入助成したほうが効果があるようにも思う。。。
— Ayako Shibata@LINEボットで妊娠・授乳中の風邪薬 (@ayako700) 2018年6月10日
短期派遣と遠隔コンサルトできるバックアップの病院があれば実際自分も行ってみたい。ただ、骨を埋めるつもりはないという心構えや、短期で医師がコロコロ変わるシステムは、僻地の人々の期待に沿うものではないのかもしれないなあ、とも思う… https://t.co/o4Mu6L74NI
— pocco (@pocco50) 2016年6月19日
これらのツイートに見られるように、相談できる医師が近くにいないことの不安に対しては、「オンラインで他の医師に簡単に相談(コンサルト)できる仕組みを構築する」ことが対策の一つとなります。既にMedPeerやAntaaQA、ヒポクラなど、医師間での臨床相談ができるサービスも登場しています。
③期間限定での勤務条件
医師不足地域に勤務する条件として「一定の期間に限定されている」という回答も、73.6%と多くの臨床研修医が挙げていました。「地域医療に数年間貢献したいと思っているが、一度行ったら交代する人もなく戻ってこれないのではないか?」といった不安もあるものと考えられます。こちらに関連する医師のツイートでは、以下のようなものがありました。
医師不足に悩む町長に、医学部へ挨拶行脚するよりも利益誘導(良質な教育・適切な症例数・待遇・環境)で若い医師を引きつけることを強くオススメしておいた。へき地でも魅力があり、期間限定なら行きたい人は多い。根を張るというのは勤務医では必要ないし、人が循環したほうが良いこともある
— KOBAN (@hirokichijosyu) 2017年10月7日
僻地の医療って、長くいる医者がそれこそガラパゴス的に発展させてきたことの光と影があって、代わりの有資格者がなかなか来ないとか、来ても居つかないとか言われる。ゴッドに頼るより短期派遣で回せるようにすべき。「20年働け」は嫌だが「3ヶ月交代(後任あり)」なら耐えられる
— 羆 (@mhlworz) 2016年6月19日
このような事情を踏まえると、「数年間などの期間限定での雇用契約とし、それ以上の勤務はできない旨を最初に取り交わす」といった対策が考えられます。医師転職ドットコム上には、1~3年の期間限定でも勤務できるような募集も少ないながらあります。
この他にもさまざまな施策が考えられますが、こうした柔軟な対応を通して、医師が安心して勤務できる環境を構築していくことが、医師不足への対応として必要なのではないでしょうか。
<注>
[1] 「医師不足の地域、残業時間の上限を緩和 厚労省が提案」朝日新聞デジタル, 2018年12月5日。